私が留学を決意したきっかけ

1)底辺&超平凡な高校生


(覚えてない部分は、一部憶測で書いています。)





私は、普通の高校生だった。



都道府県内のそこそこの高校に進学し、昼は高校で授業を受け、夕方になると、部活に参加して、夜は近くの塾に行っていた。帰ってきたらPSPでモンハンをやる生活。


別に超難関大学に進学を目指していたわけでもないが、親の勧めで近くの東進衛星予備校という塾に通っていた。



一応は(多分自称)進学校だったが、高校内では、他の一部の生徒と同じように、授業中は先生に隠れてウトウトして、指を差されたら「わかりません」という常套句を使う。

先生からは「ちゃんと聞いてた?(怒)」と言われる始末。




そこまで勉強していないということもあり、学校では真ん中より下だったと思う。

学年の最初の頃は、下から数えた方が早い高校生だった。 



高校生最初の成績表を見たときに、10段階で4があった記憶がある。(笑)
(他の科目はそこそこだったが。)


是非は置いといて、高校生のころから、日本の大学の一般入試は成績を考慮しないと知っていたからだ。




別に高校の授業が面白いとは思わなかった。

数学なんて授業についていけてなったし、古典・漢文なんて興味が湧かない。

理科系も退屈でさっぱり。英語も単語テストの直前に頑張って暗記するぐらい。
(今では英語は、他の日本人よりもそこそこ、できると自負しているが、当時はさっぱり。)


文系コースなのに、国語は嫌い。「日本人だから現代文なんてやらなくて良くない?」という精神の持ち主だ。



学校から出される宿題は、毎回答えを見て、それっぽく間違えながら、埋める作業を行っていた。


高校1年生の夏休み明けは、数学の宿題を提出していない。宿題を出していないのは、教室では、私ともう一人だけだったときは流石に笑った。




高校1年生から、参考書1冊を夏休みの宿題にするのは間違っている。
宿題の量の多さから、夏休み明け直前に答えを移す作業も終わらなかった。



何はともあれ、超不真面目な高校生ではあった。



とりあえず高いお金を払って塾にも行ってたし、進学校だから、高校3年生から勉強すれば、Fランク大学ではなく、世間一般で言う中堅私立には行けるだろうと思っていた。



今考えると、東進衛星予備校の授業も真面目に受けてなかったし、まんまと勧誘に引っ掛かり、高い学費を親に払っていたのは申し訳ない。





人生の中で一番の無駄遣いだと今でも思っている。(東進好きな人ごめんね。)





2)自分を押した物




学校では、毎日終わらない退屈な授業。意味不明な数式。

よく先生も、飽きずに毎日こんなものやるなと感じてた。(仕事だからね。)

部活が終われば、駅の前の東進へ。


そこでは、英語と数学の授業をビデオで受けながら、ウトウト。

先生が笑いを取るシーンだけ、目が覚める。
(東進生あるあるでは?(笑))

たまには、塾をサボって、高校の友達とモンハンで遊んだりもした。



そして帰ってきたら、夕飯を食べて、ベッドで布団を被り、親の目を盗んでPSPの世界へ。

夜中の1時くらまで続けて、一日のルーチンは終了。

翌朝は、眠い目をこすりながら、学校に自転車で向かう。



いつも毎日、何も変化のない非常に退屈な生活。
時間だけは浪費していた。





多分夏ごろだったと思う。(何年生か覚えていない。)家では夏休みの宿題もやらずに塾にもいかずに、いつものようにぐうたらしていた。

何の生産性もない。



その日は、家の共有のパソコンで、ネットサーフィンをしていた。
知恵袋・ユーチューブ・ゲームの攻略・その他もろもろ。


ネットの海を漂う中で、一つのブログ?記事?を見つけた。







タイトルはアメリカ留学のことが書いてあったと思う。今は記事の内容は思い出せない。




筆者は、米国の大学に留学していらしい。
自分には関係ないが、凄いなあと思いつつ、記事をスクロールしていく。



その筆者は、女性で、東大に受かりつつ、それを蹴って、海外の名門大学に進学した方だった。


米国大学名は覚えてないが、ブラウン大学?だった気がする。





ブログには、留学で大変なことや、乗り越えないといけないこと、自分の成長、経験できる豊かさが記されていた。

日本の大学とは違う教育システム。大学生活はかなり勉強しないといけないハードな生活。様々な地域から来る留学生、人材の多様性。


是非日本の学生や留学生、全員に読んでほしい内容だった。今はいくら探しても、もうブログ記事は見つからない。多分帰国するにあたり消したんだと思う。






私は、このような世界もあることを初めて知り、非常に憧れを抱いたし、自分もそのような経験がしたいと感じた。

英語は苦手な科目ではなかったし、得意ではあったが、ネイティブレベルではない。

英語ができない時点で別の世界のお話だと思った。



私とは住む世界が違うのかもしれない。

そう思った矢先、画面をスクロールするとある言葉が記述されていた。


「留学するか、しないか、悩んでても仕方ない。準備は大切だけど、どの程度で確実かなんて保証もない。時には思いっきり飛び込んでみると何とかなるときもある。」




その部分は5行くらいの文章だったと思う。
ネットの海にあるその5行が私にきっかけと可能性を与えたことだけは、鮮明に残っている。


つまりこれが私にとって、行動を押すものとなった。



3)自己意思と強制の違い


それからというもの、私はアメリカ留学に憧れを抱くようになった。


人生一度キリなのに、やりたいことをやらずに終えるのは非常に勿体ないと思ってたし、このまま何も変哲のない人生を送るのもうんざりだった。


どうせ退屈な生活を送るなら、何かに挑戦して努力する方が有意義かもしれないと考えた。



米国の大学に進学するにあたり、まずは親と相談する必要があった。

最初は反論されたが、何度も交渉することで説得することができた。




次に、米国留学の知識がたいしてなかったので、それ専門の塾に通った。
そこそこ費用がしたが、親に払ってもらったことは感謝している。



最後には、TOEFL・SAT・学校の成績が必要であった。


米国の大学は、学校の成績が重視されるので、心を入れ替えて、学校の授業を頑張ることにした。(ちゃんと課題に取り組み始めたのは、その頃かもしれない。)

特に授業を真面目に受けず、得意だった英語力が落ちている状態や、海外留学したことあるとはいえ、ネイティブではない自分にとって、TOEFLは大変だった。

多くの日本人のように、SpeakingとWritingのセクションでは非常に苦労した。
(適当にレベルを説明すると、センター英語が中学受験で、Toeicが高校受験だとしたら、Toeflが大学受験かもしれない。)


英語や授業に関しても、そこには自分で決めた目標であったので、今まで見たく、誰かに強制されて受ける自分の姿は無かった。


全て、強制から自分の意志に変わった。



結果的には、 集中的に取り組み、無事いくつかのアメリカの大学から合格を頂くことができた。




4)まとめ



まとめとしては、2点を読者に伝えたい。


1)強制ではなく、自分の意思を大切にする


強制されているものは結果が出ないことが多い、自分の意志で行動することで、何事も吸収率が上がり、成功につながる。


勉強でも仕事でもそうだ。強制から、自分の意思でやっているという考え方に変えよう。

もし、いつまでも強制されているな、いっそ切り替えて、自分の意思で行える他のことに、挑戦した方が良いかもしれない。



2)憧れの世界は案外遠くない


皆さんも憧れの世界はあると思う。○○大学に入りたい。〇〇の会社で働きたい。

でも今のレベルでは、自分は無理と多くの人が思ってしまう。 

今が無理でも、ひたむきに地道に努力すればいい。そして入ってからついていけるか心配であるなら、思い切って入ってみるのもありだと思う。

結果論でしかないが、粘り強い人なら、成果を出すことができるし、案外なんとかなる。(勿論なんともならない例もある。)

準備をしないのは無謀だが、どの程度準備すれば大丈夫という保証もない。

時には思い切りも大切。





勿論、私自身、留学に関して不安はあった。話すと長くなるので、簡潔に書くが、いくつか海外の国で過ごしたことがあるが、アメリカの大学で生き残れるのかというのは、別のプレッシャーだと感じていた。


米国の大学は卒業するのが厳しいというのは、ネットにも、周りの人にも言われていたからだ。(実際は誇張されている部分もあるが。)

出国前日は一睡もできないくらいであった。(今だと流石にこのようなことはない。)


でも、そのブログの言葉が勇気を与えてくれたのだ。